超低反発枕草子

25歳社会人3年目。行き場のない独り言の掃き溜め

自分で考え、自分で決め

これは卒業式の時に壇上で順番こに叫ぶやつ(楽しかった〜修学旅行〜!みたいなやつ)で、自分が言ったセリフです。今もこの謎の伝統あるんかな。だって先生が考えたセリフやん。よく従順になれた、がんばった。

 

そのセリフを選ぶ時に、言いたいやつに手を挙げて、2人以上いたら大声対決で選んだんです。私はクッソ運悪く、風邪で声がガラガラの子と一騎打ちをする羽目になった。教師の「卑怯者め、、、」みたいな目、今も忘れていない。そこで引き下がればよかったんだけど、何だか言い出せなかった。そして当たり前だけど声の大きさでは勝利した。教師もなんでそこで配慮しなかったんだろう?だからかな、今もなお、何かをなすりつけられたかのようなねちっこい感覚が残っている。

 

そんなこんなで、私の中で強く印象に残ったフレーズとなってしまった。考えすぎなのかもしれないけれど、幼いというのは、未熟というのは、本当に弱い。今思い返すとそんな気持ちになる。

 

なんでこんな話をし始めたかといいますと、藤井聡太四段が、高校進学を決めたということで。そのことに対して、外野がああだこうだと言っても本人のためにはならないのだけれど。周りに言われて流された、とか、将来あの時もし高校に行かない決断をしたら、と思うのではないかとか、とにかくああだこうだ言われて。

 

個人的に思うことは、その日の決断ではなく、決断の後の自分の行動でしょ、後悔するかしないかってのは。私もそういう、将来に関わる決断をすべき時があって、決断の後、選ばなかった方の「パラレルの向こう側」について考えたりしたことが何度もある。上手くいかなかった時には、「向こう側の自分はは今どうしているのだろうか。今もっといい人生なのだろうか。」もちろん誰も答えられないし、そんなもの、無い。

 

だけど結局どちらを選んでも後悔するときは来るし、良かったなぁと思う時も来るわけですよ。無い物ねだりとも言えるし、有るものに感謝すべきとも言えるし。その「良かったなぁ」を増やすのは、決断の後の自分次第というわけです。Life is a dramaです。あなただけのドラマ。置かれた状況で頑張ってみて、それでも駄目かもしれないけど、それでこそ知れた幸せがあるのかもしれない。結局選んだ方のことしか、わからないのです。

 

だから、藤井四段の話に戻るけど、高校に行ったことはこれから「良かったなぁ」にしていければいいのにね。本人が一番よく分かってるのかもしれませんね。理屈はシンプルなはずなのに、簡単にはいかないんだろうね。

 

人間は「自分で考え、自分で決め」たことへの実行力が凄まじいのだそうです。選択の科学(The Art of Choosing) と呼ばれています。

 

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義 (文春文庫)

 

 

人の意見を聞くことも大事だけれど、自分の意思を持てるように。人生の分岐点における決断もきっと、大きな力となるはず。兎にも角にも、自分で決めること。意志のある人は美しいし、きっと楽しいと思う。

 

人生は一度きりで、やり直しが効かなくて、かくいう自分は上手いこと微調整微調整して、バランスを保つ日々です。大それたことをしなくとも、ぼちぼちでいいやという感じ。

 

賢く、おおらかになりたいものです。以上、まとまりのない文章でした。